大分地方裁判所 昭和58年(行ウ)7号 判決 1986年7月14日
原告 高橋忠義 外一名
被告 社団法人全国社会保険協会連合会 外一名
主文
1 原告らの主位的請求を棄却する。
2 原告らの予備的請求のうち、別紙目録記載の土地の売却処分を違法行為として損害賠償を求める請求部分を棄却し、その余の請求部分を却下する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主位的請求
被告社団法人全国社会保険協会連合会(以下「被告全社連」という)は、佐伯地域市町村圏事務組合(以下「本件事務組合」という)に対し、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という)について大分地方法務局昭和五八年三月三一日受付第三四〇八号の所有権移転登記(以下「本件登記」という)の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告全社連の負担とする。
2 予備的請求
被告らは、本件事務組合に対して、各自金八六九三万一〇一七円及びこれに対する昭和五八年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らは、いずれも本件事務組合を構成する普通地方公共団体の住民、被告大鶴文雄は、昭和五四年五月以来同組合の管理者の職にありその事務を管理執行する者、被告全社連は、健康保険、厚生年金保険及び日雇労働者健康保険その他社会保険事業の円滑な運営を促進し、あわせて被保険者の福祉の増進をはかること等を目的として設立された公益法人である。
2 本件土地の売却処分
被告大鶴は、本件事務組合の管理者として、昭和五六年五月二五日ころ、本件土地を総計二億二〇一九万一五四七円の費用をかけて買取つたうえ、昭和五八年一月一八日、これを「被告全社連に金一億五〇〇〇万円で売却し(以下「本件売買契約」という。)、同年三月一日、本件登記手続を経由した。
3 監査請求について
そこで原告らは、昭和五八年四月九日、本件事務組合の監査委員に対し、要旨次のとおりの監査請求をしたところ、同委員は、同年六月八日、同月七日付で原告らの請求が理由がない旨の通知をした。
(監査請求の要旨)
本件事務組合の管理者被告大鶴は、本件土地を諸経費を含めた購入原価約二億一〇〇〇万円で取得したが、これを被告全社連に対し、昭和五八年一月一三日、右取得原価を約六〇〇〇万円下まわる一億五〇〇〇万円で譲渡し、同年三月三一日所有権移転登記を経由した。
しかし、本件土地は、同組合の行政財産であつて、これが売却は地方自治法(以下「地自法」と略称する。)二三八条の四の違反行為であるとともに、同条三項の規定により無効である。よつて、右違法行為を監査し、本件登記を抹消して原状回復を講ずるか、然らずは、同組合に与えた六〇〇〇万円の損害補填等その是正のため必要な措置を講ずべきことを求める。
4 主位的請求の請求原因
本件土地の被告全社連への売却処分は、以下のとおりの事由により無効である。
(一) 行政財産売却処分としての無効
本件土地は、以下にのべるとおり、本件事務組合の行政財産(地自法二三八条三項)であるから、本件売買契約は同法二三八条の四第一、第三項により無効である。
(1) 本件事務組合の組合規約四条八号によると、同組合の行政目的として、佐伯地域広域市町村圏の振興整備を図るため、労災委託病棟及び第二次救急医療施設の建設に関する事務の共同処理を行うことが明記されている。本件土地取得は、労災病棟の建設用地として、同組合の右行政目的を達成すべく公共用に供するものとして実行されたものであるから、右取得目的に照らし、本件土地は行政財産に該当する。
(2) 本件土地の買収費及び移転補償費に関する予算手続関係をみるに、
(イ) 同予算は、本件事務組合の昭和五五年度議会において、管理者被告大鶴により、同組合の行政目的に副い、労災委託病棟建設用地購入費、保健衛生費として提案され、同議会において、地自法二三八条三項にいう公共用に供する土地すなわち行政財産を取得する旨の議決を経て予算化され、昭和五六年度から予算執行されたのである。従つて、右議決は本件土地を行政財産とする合意の下になされたことが明らかである。
(ロ) 本件土地の購入財源は、大分県地域振興資金一億円の借入れと金融機関を通じ八〇〇〇万円の地方債を起こし、これに充てたのであるが、右振興資金貸付申請書には、「事業名・労災治療病棟医療施設用地買収事業」、「用地分計」として「用地買収事業一億八〇〇〇万円」、更に、「用地分とは公共用地の取得事業をいう」と記載されている。また、右起債に関しても、被告大鶴は、昭和五六年三月一二日、大分県知事に対し、地方財政法(以下「地財法」という。)五条一項五号に基づき、公共用または公用に供する土地すなわち行政財産の購入財源として右起債の許可申請をし、その許可を得ているのである。
(ハ) 昭和五六年度の予算執行後の本件事務組合決算書の付属書類として、地自法二三三条四項、同施行令一六六条に基づき作成された財産に関する調書には、本件土地は公共用財産(行政財産)と分類登載され、また同組合有財産規則二条が準用する佐伯市有財産規則一七条に基づき作成された同組合財産台帳にも、本件土地は労災病棟建設用地(行政財産)として登載されている。
以上の諸点に照らすと、本件事務組合においても、本件土地を行政財産として取得、管理してきたことが明らかである。
(二) 用途廃止手続の不履行―本件事務組合有財産規則違反
本件土地が、行政財産であるか、仮にそうでないとしても、行政財産として管理してきた場合、これを売却するには、財産の管理者である被告大鶴において、本件事務組合有財産規則(同規則二条、佐伯市有財産規則四条ないし七条)の定める用途廃止手続に従い、売り払いに際して普通財産に正式に転換すべきであるのに、このような手続をなさず、行政財産のまま売り払つた本件売却処分は無効である。
(三) 議会の議決の欠如―地自法九六条一項七号、同施行令一二一条の二第二項(別表第二)及び本件事務組合の議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例二条違反
仮に、本件土地が普通財産であつたとしても、右法令及び条例の規定によると、本件事務組合が予定価額二〇〇〇万円以上の不動産の売り払いをなす場合には、その議会の議決に付さなければならない。しかし、同組合が本件土地の購入に際し支出した建物所有権、借地権、借家権等の対価を含めると、本件土地の取得原価は、二〇〇〇万円をはるかに超え二億円余にも達しているのに、議会の議決をうることなく、これを被告全社連に対し一億五〇〇〇万円で売却されているから、本件売却処分は、前記法令及び条例に違反した無効のものである。
もつとも、本件売買契約時点においては、売買の対象は、物理的には五〇〇〇平方メートル以下の本件土地であつたが、実質的には、同組合が本件土地に関して支出した同土地上の建物買収費、借地権補償費及び整地工事費等本件土地所有権以外の権利等をも本件売買の対象にしたと解すべきで、右買取りに要した原価は合計一億三四三一万円にも達し、金二〇〇万円をはるかに超えるから、前記法令等に照らし、その売買については議会の議決を要するというべきであるのに、右議決を得ていない本件売却処分は無効である。
(四) 地自法二三七条二項違反(不適正対価による売却処分)
また仮に、本件土地が普通財産であつたとしても、本件事務組合は、本件土地を売買代金のほか借地権、借家権に対する補償費、借入金利息等合計二億円余を出捐して取得したにもかかわらず、これを被告全社連に対し一億五〇〇〇万円で売却したものであつて、取得価額に比し約七〇〇〇万円もの低額で売却処分している。右は、本件土地を右法条の禁止する「適正な対価なくしてこれを譲渡し」た場合に該当し無効である。
(五) 地方財政法、地方財政再建促進特別措置法(以下「地財再建法」という。)違反
また仮に、本件土地が普通財産であるとすれば、被告全社連への売却価額とその取得原価との差額は、地自法二三二条の二にいう「寄附又は補助」に該当するところ、以下に述べるとおり、地財法一〇条の四第七号の理念に反し、かつ地財再建法二四条二項の禁止する労働福祉事業団に対する寄付等として、同条項に違反するもので、本件売買契約は違法、無効である。
(1) 地方財政法二条二項、四条の五、一〇条の四第七号等によると、国、地方公共団体ともに、その行政に要する経費は、それぞれに与えられている財源によつて賄うべきで、その負担を法令の根拠に基づかないでみだりに他に転嫁すべきではない旨定められており、この財政秩序の確立という基本理念は地方財政法の根本規範というべきものである。この観点から、同法一〇条の四第七号は、労災補償保険に関する事務を国の専管事務とし、地方公共団体はこれに要する経費を負担する務義を負わないと定めている。しかし、同条項は、同法四条の五の強制的寄付金の徴収禁止規定と相まつて、国の側から地方公共団体に対し、寄付金等を徴収するのを禁じる反面、地方公共団体が国に対し、労災補償保険に関する事務等国の利害に関係ある事務を行うための経費を負担する義務がないことを規定するに止り、地方公共団体の側から国に対して、任意自発的な寄付をすることまでも規制の対象とするものではなかつた。そのためかかる規定があるのに、国や公社等がその優越的地位を背景にして、本来自己の負担すべき経費につき、自発的寄付という名目で地方公共団体にその負担を転嫁したり、あるいは地方公共団体の側においても、国や公社等の機関や施設を誘致するために本来国等が負担すべき経費を自ら進んで拠出するといつた事例が後を断たず、これを放置するときは、国等と地方公共団体との間の経費負担区分を乱し、地方財政秩序を混乱させるおそれがあるので、あえて地自法の原則を修正し、このような地方公共団体の自発的寄付又は任意負担をも原則として禁止することによつて、右の弊害を防止し、もつて地方財政の健全化を図る必要が存在した。
そこで地財法の意図するところを生かし、かつ右に述べた趣旨を実現するため、更に地財再建法二四条二項において、「地方公共団体は、当分の間、国又は……、労働福祉事業団、……(以下「公社等」という。)に対し、寄附金、法律又は政令の規定に基づかない負担金その他これに類するもの(以下「寄附金等」という。)を支出してはならない。」旨の規定を置き、地方公共団体の国や労働福祉事業団等に対する寄附金等について、原則としてそれが任意的なものであつても、また、それが地方公共団体にとつて必要ないし利益であつても、これを禁止するに至つた。従つて、右規定に反する寄附は無効となる。
尤も、地方公共団体が寄附金等を支出する直接の相手方が、形式的には国や労働福祉事業団などの公社等ではなく、何らかの他の経由組織を通じて間接的に支出する場合もありうるが、その場合でも、その経由組織の実態等に照らし、実質的にみて国等に対して直接支出する場合と同視でき、ひつきよう法の禁止規定潜脱の手段にすぎないと認められるような場合も、同条項に定める規制の対象となるとするのが相当である。
(2) 本件において、寄附等とみられる本件事務組合のなした本件土地の売却差額の被告全社連に対する利益供与(以下「本件寄附等」という。)は、外形上は同被告に対してのものであるが、次に述べるとおり、同被告は、労働福祉事業団ないしは国(社会保険庁)の経由組織にすぎず、同被告に対する本件寄附等は、結局は同事業団ないしは国に対する寄附等を禁止する前記地財再建法二四条二項の規定を潜脱するための手段としてなされたもので違法であり、本件売却処分も、同法条に反し全体として無効となるというべきである。すなわち、
(イ) 労働福祉事業団との関係についてみるに、本件事務組合は、労働福祉事業団をして、本件土地を労災委託病棟の敷地として、被告全社連から無償で借受けさせる目的で、同土地を同被告に対してその取得原価をはるかに下廻る価額で売り払つた。このことは、ひつきよう同被告を経由組織として、自ら労災保険事務を専管事務とする国又は労働福祉事業団に対し寄附したに等しいものとみうるのであつて、本件の具体的ケースに於いて、被告全社連は、法の禁止を潜脱する手段として介在する単なる経由組織に過ぎないものとみるのが相当である。
(ロ) 次に、社会保険庁(国)との関係についてみると、被告全社連は、国有病院事業の経営受託を独占的に行う目的で設立され、国の予算や出資金で運営され、その目的遂行のために特別な資格や権限を与えられ、税金もかからないし、通常の独立法人の有すであろう財産管理権をも最終的には社会保険庁が完全に掌握しており、また、その最高幹部も社会保険庁幹部が転出している実情にある。このような実態に照らすと同被告は、実質的に社会保険庁の病院経営現業部門というべきであつて、社会保険庁に完全に従属するその一機関に過ぎず、独立の法人の実質を有しないのである。
(六) よつて、原告らは、主位的に、地自法二四二条の二第一項四号に基づき、本件事務組合に代位して、当該行為の相手方である被告全社連に対し、原状回復の請求として本件登記の抹消登記手続を求める。
5 予備的請求の請求原因
被告大鶴は、本件事務組合の管理者として、法令、条例等を遵守して同組合の財務会計上の業務を誠実に執行すべき立場にあるのに、本件土地の取得契約の締結とこれに伴う公金の支出、その管理(賃貸)、処分(売却)等の財務処理において、故意又は重大な過失により、以下に述べるとおり、関係法令等に違背する各種違法不当な財務会計上の行為をなし、よつて同組合に対し損害を与えた。
被告全社連は、被告大鶴の右違法行為につき、故意又は重大な過失により、これに加功共謀し、同被告と共同して同組合に損害を生じさせた。
(一) 本件土地の取得に関する違法行為
(1) 取得のための予算手続上の違法行為
(イ) 被告大鶴は、本件事務組合の管理者として、昭和五五年度第四回同組合議会に対し、本件土地の予算案を提出したが、その際、もともと当初から南海病院の隣接地である本件土地を、同病院の老人病棟用地とすべく、管理者の地位職権を濫用して、公共目的に名を借り、本件事務組合の公費でこれを買収し、安価で被告全社連に売却する計画であり、かつ右計画につき関係者間に既に談合が成立しているのに拘らず、その意図を秘匿して右提案をしたのみならず、地方財政の健全運営や労災補償事務経費の不分担を定めた地財法二条一項、四条の五、一〇条の四第七項に違反し、労災委託病棟建設用地を労働福祉事業団に対して無償提供するために、本件土地を同組合が取得する必要があると趣旨説明して、款を衛生費、項を保健衛生費、節を1、労災委託病棟整地工事請負費金二三七万一〇〇〇円。2、公有財産購入費(同病棟用地購入費)金五六七〇万円。3、補償補てん及び賠償費(同病棟立退補償費)金一億二二一一万三〇〇〇円(合計一億八一一八万四〇〇〇円)の予算案を提出し、これを予算化した。
(ロ) 被告大鶴は、その後昭和五五年度の末日である昭和五六年三月三一日に、地自法一七九条に違反して、同条に定める法定の除外事由なくして違法に専決権を行使し、前(イ)の予算の内一億〇一一八万四〇〇〇円を昭和五六年度への繰越明許費として補正予算案を専決し、さらに同月二八日右同様違法にして同予算を三〇〇〇万円増額すべく補正予算案を専決した。
(ハ) 被告大鶴は、地方公共団体が労働福祉事業団に対して労災委託病棟建設用敷地を無償提供するには、自治大臣の事前の承認を要することが地財再建法二四条二項に定められているにもかかわらず、管理者の注意義務に違反し、故意もしくは重大な過失により右の事前承認申請の手続すら取らず、無償提供を目的とする違法無効な事業目的のため、総額二億一六八六万九五四七円の予算を議会に採択させ、その財源として総額一億八〇〇〇万円及び利子につき地方債を起すべく予算措置をさせた。
(ニ) 支出命令権者である被告大鶴には、支出負担行為をなすに当つて、その内容、手続とも法令に従い適法にこれを行うべき義務があるところ、本件予算は、基本的には前項記載のとおり地財法、地自法及び地財再建法の各条項にそれぞれ違反し地自法二条一六項に照らし違法無効のものであるから、同被告としては、管理者として再度の考案をし、その執行を停止し、議会にたいして地自法一七六条、一七七条に基づく右予算の取消もしくは再議に附し、予算削除の措置を取るべきであるにもかかわらずこれらを行わず、この違法予算に基づき、漫然専決処分をもつて本件土地及び地上権原一切の買収契約をし、これを原因とする支出負担行為をし、更に地方債利息等を除く合計一億九八一六万一〇〇〇円の支出命令を発して右違法予算を執行した。支出負担行為は、その内容においてもその手続においても、法令に従い適法にこれをしなければならないのに、被告大鶴は、故意または重大な過失により右違法な支出負担行為をなした。
(2) 議会の議決の欠如
前記4の(三)に記載の各法令及び条例によると、土地については、五〇〇〇平方メートル以上の広さを有しかつ予定価格二〇〇〇万円以上、その他の財産については一件二〇〇〇万円以上の財産の取得に関しては議会の議決を要する財産の取得に該当すると定められている。
(イ) 然るに、被告大鶴は、鍵野キヌ子所有の本件土地上の建物(借地権付)を購入するに際し、売買代金として金三九〇〇万円を支出したにもかかわらず、これについて議会の議決を経ていない。従つて、同被告は、右建物購入について右法令等に違反する違法無効な支出負担行為を行つた。
(ロ) また更に、本件においては、被告大鶴は、専決処分により、本件土地を除く同地上の建物所有権、借地権、借家権等につき、複数の権利の買収費として合計一億三五五九万五二〇〇円を支出している。前記各法令にいう一件二〇〇〇万円以上の一件の解釈に当つては、土地とそれ以外の権利とは区別すべきで、後者の場合には全体を一括して議会の議決を必要とするか否かを考慮して決すべきであり、本件の右支出は複数の権利の対価ではあるが、同一の機会に一括して取得されたものであるから、全体を一件として一括して議会の議決の要否を検討すべき場合に当る。従つて、右一億三五五九万五二〇〇円の財産権等の取得は、これを一件とみることができるから、本件は二〇〇〇万円を超えた対価を支出して財産権等を取得した場合に当るので、当然議会の議決を要するのに、これを得ずしてなされた本件の右各権利の買収行為は右各法令等に違反する違法無効な行為というべきである。
(3) 以上のように、被告大鶴が実行した本件労災委託病棟用地買収事業に関する経費の支出行為は、すべて法令等に反する違法なものであり、同被告は、右違法行為によつて、本件事務組合に対し、前記の土地購入費、立退補償費及び利息の合計二億一六八六万九五四七円に地上建物撤去整地工事費二三七万一〇〇〇円及び事務費九五万一〇〇〇円を加算した総計二億二〇一九万一五四七円の違法な支出をさせて右同額の損害を与えた。
(二) 本件土地の賃貸借上の違法行為
(1) 貸付契約の締結上の違法行為
(イ) 被告大鶴は、従前議会に対して本件土地につき労災委託病棟建設用地として無償で提供する旨説明し、そのための用地買収費として予算措置を講じてきたにもかかわらず、昭和五六年五月二六日に至つて、突然恣意的かつ秘密裡に、本件土地を被告全社連に対し、なんら合理的理由なく賃貸したものである。これは、第一に、執行機関の誠実かつ効率的事務及び財産管理を義務付ける地自法一三八条の二、一四九条六号、地財法八条に違反する。第二に、右貸付契約の締結につき議会の議決を要するのに、これを得ていない点で、地自法九六条一項六、七号、二三七条二項にも違反する。更に第三に、右貸付契約は随意契約でなされているが、随意契約締結の要件を定めた同法二三四条二項、同施行令一六七条の二第一項一号に違反している。
(ロ) 不適正は対価による貸付である。すなわち、地方自治体の長は地自法一四九条七号により公有財産管理権を有するが、公有財産の取得、管理及び処分が適正に行われるためには、それら取得等に伴い、公有財産の増減、異動の状況及び管理、運用の状況が、常時的確に把握され、現況が明確に記録されていることが必要であり、通常この記録は財産台帳によつて行われ、公有財産の取得から処分にいたるまでの経緯と現在量が明らかにされる。本件事務組合においても、同組合有財産規則において財産台帳の制度を設け、公有財産を新に取得した時は、土地については地目、面積等、建物については構造及び面積、その他のものについては種目、数量等を漏らさず登載し、且つ購入に係るものは購入価額、収用にかかるものは補償金額、地自法二三八条一項四号の定める地上権等用役物権に準ずる権利については取得価額を登録し、建物等のとりこわしをするときはその理由、所在、種目、構造、面積及びとりこわす財産の沿革等を詳細に記載し、その他必要な事項を変動の都度、長が収入役に命じて、記録管理させねばならないとされている。しかるに、被告大鶴は、故意または、重過失によりこれを怠り、現実に財産台帳に登録すべき購入価額は、土地購入費六二五六万八八〇〇円、立退補償費一億三四三一万三一〇〇円、建物撤去工事費二三七万一〇〇〇円、合計一億九九二四万九九〇〇円であるにもかかわらず、本件土地を恣意的に約四〇〇〇万円として価額登録せしめ、もつてこれを本件賃料算定の基準値として貸付けを行つた。
さもなくとも、同被告は、取得価額を無視して、被告全社連の便宜を計るため適正な対価なく減額するという著しき専決権の濫用を行う違法を侵している。
その結果、本件賃料は年額二八〇万円と定められたが、これは本来本件土地の購入価額として財産台帳に登録すべき一億九九二四万九九〇〇円に対し、単純に利廻り計算しても約一・四パーセントにしか当らず、本件事務組合有財産規則及び同土地建物貸付算定基準が定める基準(財産台帳登録価額の六パーセント)をはるかに下廻ることとなつた。
以上は第一に、本件事務組合有財産規則に違反する不当な賃料の貸付けであり、第二に適正な対価なくして貸付けたことになるのに、被告大鶴は、議会の議決等を得ることなく、その専決により貸付けたもので、地自法二三七条二項に反する違法行為である。
(2) 賃貸管理上の違法行為
本件労災委託病棟建設後、受託者である、被告全社連の南海病院が、右病棟を私物化し、病棟はじん肺患者五〇人、振動病患者八名を収容できるまれにみる優秀な近代設備を有するのに、常時僅か二、三人の労災患者を入院させているに過ぎず、あきらかに使用目的外に転用されているのであるから、被告大鶴としては、労働福祉事業団、被告全社連、ならびに、その監督官庁である労働省、厚生省、県等に要請して、これが是正方の監督権発動を強く要請すべく、また被告大鶴自身としても、労災委託病棟用地の賃貸人である本件事務組合を代表して、賃借人である被告全社連に対して、労災委託病棟敷地を目的とする貸し付け契約違反を指摘して契約遵守方を厳命し、その是正を勧告し、なお契約違反により解除措置をとるなど、労働福祉事業団と協力して、住民の為制裁措置をとるべき立場にありながら、地自法一三八条の二、一四九条六号、地方財政法八条等の定める長の誠実かつ効率的に財産を運用管理すべき任務に違背して、これらの是正措置をとろうとしなかつたものである。
(3) 以上の違法な本件土地の賃貸ないしその管理によつて、本件事務組合は、後記(四)の(2)記載のとおり、適正賃料との差額の二一九一万七四七〇円の得べかりし利益を失つて、同額の損害を被つた。
(三) 売却処分に関する違法行為
被告大鶴は、故意又は重大な過失により、本件土地の売却において、前項4の主位的請求原因(一)ないし(五)で述べたとおり、違法な売買契約の締結又は売却処分を行い、その結果、後記(四)の(1)記載の買取りに要した総経費から、被告全社連へ売却した代金との差額相当分である金七〇一九万一五四七円の損害を本件事務組合に与えた。
(四) 損害等
被告大鶴は、前記(一)ないし(三)記載の各種法令等の違反行為によつて、本件事務組合をして、左の(1)(2)の合計額である二億四二一〇万九〇一七円の不当な支出負担等をなさしめ、同組合に対し同額の損害を与えたが、同組合は、本件土地の売買代金として一億五〇〇〇万円、賃料額として五一七万八〇〇〇円、合計一億五五一七万八〇〇〇円を受領し、これが右損害にてん補されているから、被告大鶴が本件事務組合に与えた実損害は八六九三万円となる。
(1) 本件土地購入に要した費用合計二億二〇一九万一五四七円は積極損害であり、その内訳は、土地購入費六二五六万八八〇〇円、補償費一億三四三一万三一〇〇円、利息一九九九万〇六四七円、整地工事費二三七万一〇〇〇円及び事務費九五万一〇〇〇円である。
(2) 得べかりし利益(賃貸に関する)
本件土地の取得価額は一億九九二四万九九〇〇円(右土地購入費、補償費、整地工事費の合計額)であり、これが財産台帳に登録され、賃料算定の基礎となるべき筋合であるから、本件事務組合有財産規則二条、佐伯市有財産規則二三条、同市土地及び建物貸付算定基準に則り、右額に六パーセントを乗じた額一一九五万四九八四円が年額適正賃料であり、これに本件土地の賃貸期間二二ケ月(昭和五六年五月から五八年三月)を乗ずると、得べかりし賃料の合計額は二一九一万七四七〇円となる。
よつて、被告大鶴及びこれとの共同不法行為にかかる被告全社連は、不法行為による損害賠償として、各自、右合計額を本件事務組合に支払う責任がある。
(五) 結論
よつて、原告らは、法二四二条の二第一項四号に基づき、本件事務組合に代位して予備的請求として、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告大鶴については同号の当該職員として、被告全社連については、当該行為の相手方として、同損害額合計八六九三万一〇一七円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五八年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否と反論
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 主位的請求の請求原因に対する認否
(一) 同4(一)冒頭の事実のうち、本件土地が本件事務組合の行政財産であることは否認し、その余は争う。
地自法二三八条三項にいう「公用又は公共用」とは、地方公共団体自らがその行政目的達成のために使用することをいうものであつて、第三者が地方公共団体から借り受けた財産を公共用として使用しても、その財産が当該地方公共団体の行政財産とはいえない。本件事務組合は、本件土地を当初から労災委託病棟建設予定地とし、かつ被告全社連に賃貸する目的で取得し、右取得と同時に、同被告に対し、賃料一ケ年二八〇万円で賃貸し、ついで売却したものであるから、同組合において、本件土地を自らの公用又は公共用とする目的で取得したわけでも、自らの公用等に供したわけでもなく、本件土地は行政財産ではない。
(二) 同(一)の(1)のうち行政財産であることは否認するが、その余は認める。
(三) 同(一)の(2)の事実のうち、本件土地の買収費及び移転補償費が、労災委託病棟建設用地購入費、保健衛生費として予算に計上され、右原案どおり議会の議決を得た事実は認めるも、本件土地を同組合の議会が地自法二三八条三項にいう公共の用に供する土地すなわち行政財産として取得する旨の議決をした事実は否認する。また起債が地財法五条一項五号に基づき実行されたこと及び同組合が本件土地を行政財産として取得し管理してきたことも否認し、その余は認める。
本件における振興資金貸付申請書や財産に関する調書の各記載により、本件土地が当然に行政財産としての性格を有するに至るものではない。行政財産であるか否かは客観的に決定されるべきものであつて、地方公共団体がその内部処理でいかなる分類をしているかによつて左右されるものではないからであり、この点は原告も自認するところである。また、本件起債は地財法五条一項二号に基づくもので、同条項号は、「貸付を目的として土地又は物件を買収するために要する経費の財源」調達としても右起債を許容しているのである。そうして本件は、本件土地を被告全社連に貸付ける目的で、これを取得するための財源とすべく起債されたものだから、右起債の要件に該当するものである。
(四) 同(二)の事実のうち、用途廃止の手続をとらなかつたことは認めるも、その余の主張は争う。
(五) 同(三)の事実のうち、本件事務組合が被告全社連に対して、本件土地を議会の議決を得ずして一億五〇〇〇万円で売却したこと、その面積が五〇〇〇平方メートル以下であつたことは認めるが、右売買が原告主張の法令及び条例に違反するとの主張は争う。
右法令等によると、本件事務組合が議会の決議を要するとされるのは、その売却予定価額が二〇〇〇万円以上であるに加え、それが五〇〇〇平方メートル以上の広さを有していることも要件とされているのである。そうすると、本件土地の面積は五〇〇〇平方メートルを超えないから、予定価額が二〇〇〇万円を超えていても、議会の議決を必要としない場合に該当する。
(六) 同(四)の事実のうち、本件土地の売却価額が不適正対価であることは否認し、その余の事実は認める。
本件事務組合は、本件土地取得に際し、土地価額として六二五六万五八〇〇円、地上建物所有者、借家人らに対する立退補償費として一億三四三一万三一〇〇円を支出しているが、被告全社連も、本件土地売買代金として、右土地取得価額や立退き終了後の更地評価額をはるかに上まわる一億五〇〇〇万円を支払つているし、立退補償費等の費用全部が土地価額即ち「対価」に該当するものとはいえないから、右本件土地代金は適正である。取得に要した右費用と売却代金との差額は、同組合住民の福利厚生のためのいわゆる投資的経費であつて、是認されるべきものである。
(七) 同(五)の事実について
(1) 冒頭の主張は争う。本件売却は適正対価によるものであるから、本件事務組合が主張の差額を被告全社連なり労働福祉事業団に寄附等をした事実は存しないはずである。仮に寄附等に該当するとしても地財再建法二四条二項には該当しない。
(2) 同(1)の主張のうち、地財法一〇条の四第七号については、同条項は、単に「経費」の負担義務がないことを規定しているに止り、右にいう経費には労災委託病棟用地を提供することは包含されていないのみならず、関係事業のすべての費用を労災補償保険事業の実施機関が負担しなければならないことを定めたものでもない。
(3) 同(2)冒頭の事実のうち、被告全社連が単なる経由組織とする点は否認し、法的見解や解釈は争う。
(4) 同(2)(イ)の事実についても争う。被告全社連は、公益事業のため設立された一個独立の公益法人であり、本件においても、労働福祉事業団と対等の関係で病棟運営等の受託契約を締結しているのであり、同事業団のための単なる経由組織ではない。
(5) 同(2)の(ロ)の事実はすべて否認する。前項同様、被告全社連は、国(社会保険庁)の経由組織ではない。
3 予備的請求の請求原因に対する認否
(一) 同5冒頭の事実ないし主張は否認ないし争う。
被告全社連は、本件土地の賃借、売買について正当な取引の相手方となつたのみであり、被告大鶴の行為に加功したことはない。
(二) 同(一)の各事実ないし主張は否認ないし争う。
鍵野キヌ子らに対する相当額の出捐は損失補償としてなしたもので、買収代金としての支出ではない。もとより、土地を買取り一定の目的のためこれを更地とするにつき、地上建物等を除却し建物に居住する人達に損失補償金を支払うことは契約(無名契約)締結に該当するが、この種の立退補償費支払契約について議会の議決を要するものではなく(地自法九六条一項五号、同施行令一二一条の二第一項、別表第一参照)、管理者である被告大鶴の専決に委ねられている。
(三) 同(二)の各事実ないし主張は否認ないし争う。
ことに随意契約締結の違法を主張する点は、本件においては地自法二三四条二項、同施行令一六七条の二第一項二号にいう。「……その契約が……競争入札に適しないもの……」の要件に該当するからなんらの違法はない。また、賃料の額についても、被告大鶴は、本件事務組合有財産規則等に則つて、本件土地の価額(鑑定人の評価額金四六七〇万円)の六パーセントとして計算したものであつて違法はない。
(四) 同(三)の事実及び主張に対する認否等は、前項(一)ないし(七)のとおりであるほか、損害についても否認する。
(五) 同(四)の事実ないし主張は否認ないし争う。
三 抗弁
本件土地の売却処分をするについては、昭和五九年一二月二六日の同年度第三回本件事務組合定例議会において、被告大鶴により「議案第九号土地処分について」と題する議案が提出され、採択されたので、本件売却処分についての地自法九六条一項六号及び同法二三七条二項に関する議会の決議は、右採択により追認決議により充足されている。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は知らないし、その主張は争う。
抗弁主張の追認決議は、当該処分のされた会計年度外になされたものであるし、本来違法な売却処分に対するもので、この違法は議会の議決により治癒されるものではない。またこの追認議決は、地自法九六条第一項六号の契約議決として提案採択されているが、同条項の議決要件は、仮契約の事前議決であつて、長に本契約締結権限授権付与の効果があるものであるが、右追認議決には、そのような同条同項の定める効果はなく、契約議決としてもなんらの法律上の効果が発生しないものである。
第三証拠<省略>
理由
第一主位的請求について
一 請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
本件事務組合は、地自法上の一部事務組合に該当し、同法二九二条の一部事務組合についての普通地方公共団体に関する準用規定に照らし、その構成員である普通地方公共団体等の住民の一般的利益保護のため、住民監査請求及び住民訴訟が認められる。
二 事実関係の認定
成立に争いのない甲第一、第二号証(いずれも原本の存在とも)、第五号証、第九号証、第一二号証の二、第二〇ないし第二三号証、第二五号証、第二九号証、第三二、第三三号証、第三八号証、第四〇、第四一号証、第四二号証の一ないし一二、第四三号証、第四四号証の一ないし六、乙第一号証、第二号証の一、第三ないし第六号証、第七、第八号証の各一、二、第九号証、第一一号証、第一二、第一三号証の各一、二、第一四、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二号証、第二三号証の二、四、第二四号証の一、二、第二六、第二七号証の各一、二、第三〇号証の一、二、第三一、第三二号証、原告高橋忠義本人尋問の結果により成立の認められる甲第一五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一九、第二四号証、証人平川登、同緒方保之、同岡田達雄及び同徳地公生の各証言、被告大鶴文雄及び原告高橋忠義(但し措信しない部分を除く)の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると本件土地取得から売却に至る経緯について、次のとおりの事実が認められる。
1 昭和五一年ころから、本件事務組合の所管内である大分県南地域の出稼ぎ労働者を中心に職業病というべき多数のじん肺、振動病患者が発生していることが判明し、同地域で社会的な問題となると共に、これら職業病に対する関心が強まり、患者団体も結成されるに至つた。県や市町村の各議会においても、その救済を求める論議が展開され、同年度の大分県議会(第四回)において、国に対して佐伯市、南海部郡地区に専門の医師及び病床を備えた専門病院の設置を要望する患者団体の請願が採択された。
2 大分県は、県議会の採択した右請願について、労働省の指導のもとに、地元市町村一体となつて労災委託病棟の設置を推進することとなつた。その結果、昭和五四年六月、本件事務組合が労災委託病棟の敷地を取得し、これを労働福祉事務組合が労災委託病棟の敷地を取得し、これを労働福祉事業団に提供し、同事業団が同病棟を建設し、その病棟運営を、県南地域で唯一の公的医療機関である佐伯市所在の南海病院を経営する被告全社連に委託し、同被告がこれを受託するという合意が成立した。
3 そこで、本件事務組合は、前記職業病の専門的治療体制の確立をはかるとの基本方針に基づき、昭和五五年度において、同組合規約四条八号として、「労災委託病棟及び第二次救急医療施設の建設に関する事務」を新設し、同時に同組合の同年度第一回議会において、佐伯地域広域市町村圏計画の変更として、労災委託病棟の建設用地については、同組合がこれを買収し、同病棟の施設については労働福祉事業団及び被告全社連が設置し、その具体的運営管理については同被告の経営する前記南海病院に委ねるものとし、同病棟建設用地は同被告に無償貸与する旨の事項が採択された。
4 本件事務組合は、同病棟建設用地として前記南海病院に隣接する本件土地を取得することとし、それに先立つて実施した本件土地評価及び立退補償費等の鑑定結果(土地評価額金四六七〇万円、立退補償費等金一億四八二五万円、合計金一億九五八五万円)に基づき、本件土地所有者一名、同地上の建物所有者六名及び借家人四名と売買交渉等を開始した。しかし、右交渉は難行し、借地権、建物、営業権及び借家権等立退きに伴う補償につき、前記鑑定評価額に相当の上乗せを余儀なくされ、結局、土地購入費金六二五六万五八〇〇円、立退補償費金一億三四三一万三一〇〇円、借入金利子等一九九九万〇六四七円、合計金二億一六八六万九五四七円に達した。このように立退補償費が鑑定価額を大幅に上廻つて高額になったのは、土地所有者が本件土地の売買条件として、本件事務組合が居住者の立退を実行することを条件としたこと、居住者の立退によつて被むる経済的、精神的苦痛による損失を考慮せざるをえなかつたこと、土地区画整理事業のような強制収用ができないこと等から居住者の要望を容れざるを得なかつたことによる。
5 本件事務組合の管理者被告大鶴は、昭和五五年度に本件土地買収に関する一切の費用の予算化を計つたが、前記事情で土地取得が遅れ、昭和五六年度への繰越明許費として予算化された。予算の項目は、款・衛生費、項・保健衛生費、節・工事請負費(労災委託病棟建設に伴う解体撤去工事)二一〇万円、公有財産購入費(同病棟用地取得費)六二五六万六〇〇〇円、補償補填及び賠償金(同病棟建設に伴う立退補償費)一億三四三一万四〇〇〇円とされた。同組合は、その財源として地方債(大分県地域振興資金一億円、大分銀行からの借入金八〇〇〇万円)を起こし、前記の土地購入費及び立退補償費全額に借入金利子等一九九九万〇六四七円を加えた合計金二億一六八六万九五四七円並びに別途に、前記解体撤去工事金二一〇万円を支出して、昭和五六年五月二五日、本件土地を購入し、同年六月二九日所有権移転登記を経由した。
6 そして、当初の計画にそつて、本件事務組合は、同月二六日直ちに被告全社連に対して本件土地を労災委託病棟の敷地とする目的で、期間三年、賃料年額二八〇万円で賃貸し、労働福祉事業団は、同土地に昭和五七年四月労災委託病棟を建設完成した。
7 ところで、本件事務組合は、本件土地購入にあたり、前記のとおりその財源を地方債の起債をもつて充てたが、その金利は年額九四八万円に達し、被告全社連に対する本件土地の賃料二八〇万円との差額六六八万円を毎年負担することとなり、本件事務組合の財政に大きな負担となつた。
そこで、大分県は、昭和五七年ころに至り、同組合の負担軽減策として、被告全社連に対して本件土地の買取方を斡旋し、同被告も右斡旋に従うことになり、昭和五八年一月一三日、同組合は、同被告と、本件土地の賃貸借契約を合意解除したうえ、右同日、同被告に対して、本件土地を代金一億五〇〇〇万円で売却する契約を締結し、同年三月三〇日ころ、受領した右代金の内金八〇〇〇万円を起債分に、内金七〇〇〇万円を県地域振興資金貸付分に各返済したうえ、同月三一日本件土地の所有権移転登記手続を経由した。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証処はない。以上の事実関係に基づき、以下のとおり順次検討する。
三 行政財産の売却処分として無効であるとの主張(請求原因4(一))について
1 地方自治法は、地方公共団体の所有に属する財産のうち不動産等の一定のものを公有財産と定義付け(同法二三八条一項)、さらに、これを行政財産と普通財産に分類している(同条二項)。このうち行政財産とは、地方公共団体において公用または公共用に供しまたは供することと決定した財産をいい、普通財産とは、行政財産以外の一切の公有財産をいう(同条三項)。そして、公用に供する財産とは、地方公共団体がその事務または事業を執行するため直接使用することを本来の目的とする公有財産であり、公共用に供する財産とは、住民の一般共同利用に供することをその本来の目的とする公有財産をいうと解される。そして、行政財産は、地方公共団体自身の行政執行の物的手段として供用されるものであることを要することから、法は、行政財産については、一定の場合を除き原則として貸し付け、交換、売り払い、譲与等を禁止していること(同法二三八条の四第一項、二項)に鑑みれば、当該財産を地方公共団体自身が直接、特定の行政目的のために供していない場合は、右財産が間接的に地方公共団体の行政に貢献する機能を果たしたとしても、右財産が地方公共団体自身の行政執行の物的手段となつているものとはいえず、したがつて行政財産には該当しないというべきである。
本件土地についてみるに、前認定のとおり、本件事務組合は、本件土地を労災委託病棟の建設用地として購入したものであるが、自ら直接に、同土地上に労災委託病棟を設置経営して住民の一般的共同利用に供することを意図したものではなく、同組合が土地を提供し、労働福祉事業団が同土地上に労災委託病棟を建築し、被告全社連をして労災委託病棟の運営をさせるとの当初の基本方針に副つて、本件土地を購入したにすぎないもので、本件土地購入後直ちに、右方針どおり本件土地を、同被告に賃貸して提供したし、同土地上に労災委託病棟が建築され、同被告が同病棟の運営に着手したというのである。
そうすると、例え、本件土地の取得目的が、本件事務組合の行政目的達成のためであつたとしても、本件事務組合自身が、直接、本件土地を公用に供し、又は公共用に用いているものとは認められず、また、直接本件土地を公共用に用いる等と決定されたことも認められないから、本件土地は行政財産に該当しないことは明らかである。
2 尤も、本件土地に関しては、原告主張のとおり、まず本件事務組合の昭和五五年度の議会において、被告大鶴は、本件土地の買収費等につき労災委託病棟建設用地購入費、保健衛生費として予算提案し、同議会は、地自法二三八条三項にいう公共用に供する土地(行政財産)を取得する経費として、原案どおり議決をした事実、次にその購入財源とした大分県地域振興資金の借入れに際し、その貸付申請書にも公共用地の取得事業に要する資金として借入れる趣旨の記載がなされているし、もう一つの購入財源とした地方債の起債のため県知事に提出された許可申請書にも、地財法五条一項五号にいう公共用に供する土地として本件土地を購入するものとし、その財源として起債許可を申請する旨の記載がなされている事実、並びに、同組合の昭和五六年度の決算書中「財産に関する調書」の「土地及び建物(行政財産)」欄にも本件土地が公共用財産として記載されている事実(以上の各事実は当事者間に争いがない。)が存するし、弁論の全趣旨によると、同組合財産台帳にも本件土地が労災病棟建設用地(行政財産)として登載されている事実が認められ、本件土地の取得や財源確保の手続上等々において、同組合は、本件土地を「行政財産」として事務処理してきたことが窺える事実が存在する
しかし、公有財産が行政財産と普通財産のいずれに該当するかは、地方公共団体自身が当該財産をいかなる目的でどう利用するのかというその用途自体によつて客観的に決せられるのであり、地方公共団体がその内部の事務処理上どちらの財産に分類しているかには左右されないというべきで、右各記載内容や事務処理上の取扱によつて、本件土地が当然に行政財産になるものではないと解するのを相当とする。
そうすると、本件土地が行政財産であることを前提として本件売買の無効をいう原告の主張は理由がない。
四 用途廃止手続の不履行(請求原因4(二))について
本件土地が行政財産でないことは叙上のとおりであり、また行政財産として管理してきた場合には普通財産であつても、売却等処分するには、同規則上用途廃止の手続を履行せねば、同財産の売却処分が無効となるとの主張は同規則(成立に争いのない甲第三三号証)に照らしても失当というべきである。
五 議会の議決の欠如―地自法九六条一項七号等に違反する売却処分として無効であるとの主張について(請求原因4(三))
本件事務組合の議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例第二条で準用する同一名称の佐伯市条例第三条によると、議会の議決に付さねばならない財産の処分は、「……予定価格二〇〇〇万以上の不動産……の……売払い(土地については、一件五千平方米以上のものに係るものに限る。)とする。」旨規定されているので、地自法九六条一項七号、同施行令一二一条の二第二項、別表第二の規定に則り、右条件を充す不動産の売払いは、同組合の議会の議決を要することとされている。
ところで、同組合の管理者被告大鶴が、本件土地を被告全社連に対し金一億五〇〇〇万円で売却するに際し、同組合の議会の議決を得ていないことは当事者間に争いがないが、前掲乙第一号証によると、本件土地の広さは九二七・九四平方メートルに過ぎないから、右法令、条例に照らし、その売却に際して同組合議会の右議決は必要とはされない。したがつて、右法令等に基づき、同組合の議会の議決がないことをもつて、本件土地の被告全社連に対する売却が無効であるとする原告の主張は採用できない。
なお、この点について原告は、本件売買時点においては、売買の対象は、物理的には五〇〇〇平方メートル以下の本件土地であつたが、実質的には買取り原価一億三四三一万円をも要した本件土地上の諸権利も売買の対象としたものであるから、前記法令等の趣旨に照らし、同議会の右決議を要すると主張するが、前認定の本件土地の売却経緯に照らすと、同組合が被告全社連に対し、本件土地以外に本件土地上の諸権利をも売買の対象としたものとは解し難いし、前記法令や条例に照らしても右主張は理由ありとはいえない。
六 不適正対価による売却処分で無効との主張(請求原因4(四))について
地自法二三七条二項によれば、地方公共団体の財産は条例又は議会の議決による場合でなければ適正な対価なくしてこれを譲渡してはならないとあり、右にいう「適正な対価」とは、通常はその財産が有する市場価額すなわち時価をいうものと解される。
そこで、まず本件土地の被告全社連に対する売却代金一億五〇〇〇万円が時価に比し、低額であるかどうか検討するに、前掲甲第四号証、乙第一一、第二八号証及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の昭和五八年ころの更地としての取引価額は七〇〇〇万円を超えることはなく、従つて、右売却代金は右価額より相当の高額であることが認められる。しかしながら、前記二1ないし7に認定の経緯に照らし、本件土地の適正な対価は、土地に付着した各権利の対価を加算した額ではないかとの疑問が生じるが、土地の付着した各権利の対価は、更地とするための経費であつて、それが当然に更地価額にそのまま加算されるものではない。但し、経費が高額であるため結果として更地価額が高騰することは十分あり得ることであるが、右の点を考慮しても更地としての取引価額の倍以上の値で売却されているのであるから、右売却代金が適正な対価なくして売却されたものと認めるには足らない。
従つて、請求原因4(四)もその理由がない。
七 地方財政再建促進特別措置法に違反する売却処分として無効であるとの主張(請求原因4(五))について
地財再建法二四条二項の規定によると、地方公共団体が、国あるいは労働福祉事業団等に対し、寄付金を支出することは原則的に禁止されている。従来からも、地財法四条の五によつて、国が地方公共団体から強制的に寄付金等を徴収することは禁じられていたが、そのうえ地財再建法の前記条項を設けた趣旨は、原告の主張するとおりである。
しかし、右主張は、本件土地の売却処分における対価が不適正であり、適正価額との差額をもつて寄付等に該当することを前提とするものであるところ、前項で判示認定のとおり、本件売却処分が不適正な対価によりなされたものではないから、同処分によつて、被告全社連ひいては労働福祉事業団が本件土地の取得につき、本件事務組合から何らかの寄付ないし補助を受けた事実は存しない。従つて、右主張は、その余の点につき判ずるまでもなく、その前提事実を欠き理由がない。
尤も、所論は、本件土地の取得に要した総費用と本件売却代金の差額は、結局、同組合の出捐となり、その反面として被告全社連ないし右事業団等が同価値のものを受益したものとして、これを寄付ないし補助と評価しているようであるが、本来物の売買は、該物件の時価相当の価額で行われるのが当然であつて、被告全社連において売主がこれを取得した価額ないしそれ以上で買取らねばならない理由も存しないはずであるし、同被告らの側からみると、不適正な対価とはいえない対価を支払つて本件土地を取得しているものである以上、右差額分を受益したものということはできないはずである。しこうして、本件事務組合の出捐となつた右差額分の七〇〇〇万余円は、要するに、将来にわたり、同組合内住民に多いじん肺患者等労災患者の救済や第二次救急医療施設を充実するという地域内住民の医療充実のためという公益に出たいわば投資的経費とみるのが相当である。ただ、原告高橋の本人尋問の結果、証人緒方保之の証言その他関係各証拠によると、本件によつて設置された労災病棟には、投資の割りにはじん肺等の労災による入院患者が僅少であり、本来の目的機能が十分果されていない恨みがあることが認められるのであり(但し、本件結論を左右するものでない)、管理者である被告大鶴をはじめとして本件事務組合において、折角多額の出費をして設置したものである以上、その十分な活用ができるよう最善の努力をすべきと考える。
以上の事実によれば、原告の主位的請求は、理由がないからこれを棄却することとする。
第二予備的請求について
一 本件土地の取得及び賃貸の違法を理由とする各請求部分について
成立に争いのない甲第三、第四、第七、第一四、第二七及び第三六号証並びに当事者間に争いのない請求原因3の事実によれば、原告らは、次のとおり、数次にわたつて地自法二四二条一項に基づく監査請求をおこなつていることが認められる。すなわち
1 昭和五八年四月九日付受理、同年六月八日通知分(請求原因3記載のとおり)
原告ら外二名による、本件土地の売却処分に関し、行政財産の処分及び不適正対価による売却処分であるから無効であり、その回復措置又は取得経費と売却代金差額六〇〇〇万円の補償を求める旨の監査請求
2 昭和五九年三月三〇日付受理、同年五月二八日付通知分
原告高橋のみによりなされた、同様本件土地の売却処分が地財再建法二四条二項に違反する違法処分であるから、被告大鶴にその取得経費と売却代金との差額六九八六万九五四七円の損害補償を求める旨の監査請求。
3 昭和六〇年六月二四日付受理、同年八月八日付通知分
原告高橋のみによりなされた、本件売却処分に関し本件事務組合議会のなした追認決議は、会計年度独立の原則等に反し違法であるから、本件売却処分はいまだ議決なくしてなされた無効な処分であり、その是正のための適切な勧告を求める旨の監査請求。
以上の各監査請求が存在することが認められ、右各監査請求は、いずれも、対象たる財務会計上の行為として本件土地の売却処分を捕え、その違法を是正し、又は本件事務組合が同処分によつて被つた損害を補填するために必要な措置を講ずることを求める趣旨のものである。ただ、その違法とする事由をそれぞれ異にするので、別個の内容の請求と考えうるけれども、右2及び3の各監査請求は、いずれも、その是正、措置を求める対象となる財務会計上の行為である本件土地の売却処分行為がなされた昭和五八年一月一三日から地自法二四二条二項の定める監査請求期間の一年を経過して後になされたもので、本来監査請求の要件を欠く不適法な請求であつたといわねばならない。尤も、前掲各書証によると、本件各請求に対する監査委員の監査においては、いずれも適法なものとして受理、処理されていることが認められるが、本来不適法であつた監査請求が、監査委員にて不適法却下しなかつたからといつて、住民訴訟が前置を要求する監査請求として適法となるものではない。なお、前掲甲第一四号証の記載によると、3の請求については、追認決議の議会への提案(昭和五九年一二月二六日決議)を捕え、これを違法財務行為であるかのような請求がなされており、同行為をその監査の対象行為とすれば、右請求期間内であることになるが、かかる追認決議やその提案自体を地自法二四二条の請求要件である財務会計上の行為とみることはできない。殊に、本件においては、第一の六に認定の事実に、成立に争いのない乙第二八号証、被告大鶴本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件売却処分については、議会の議決を要しないものであり、しかし敢て追認議決を求めたのは、本訴が提起されたため住民の疑惑を一掃するためとされていることが認められ、右事実によれば、右議決は本件売却処分についての本件事務組合の意思決定の追認ではなく、単に被告大鶴の行つた同処分を正当視する確認的行為とみるのが相当であつて、到底財務負担行為とはいえない。
右によれば、要するに本訴に前置されるべき適法な監査請求は前記1のそれのみとなる。
他方、原告らの被告らに対する本訴予備的請求は、要するに、第一に、本件土地の取得に伴う予算手続や売買契約が法令等に違反する違法なもので、それにより違法不当に本件事務組合の総額二億二〇一九万一五四七円もの公金を支出させた結果、同組合に対し財産上の積極損害を生じさせたため、その損害補填を求め(以下「取得に伴う違法な公金の支出」という)、第二に、右取得土地の違法不当な賃貸契約ないしは管理行為によつて、同組合に対し、同管理上得べかりし利益喪失し相当の損害を被つたのでその損害補填を求め(以下「違法な賃貸管理処分」という)、更に第三に、違法不当な本件土地の売買契約ないし売却処分により、同組合に対し、財産上の積極損害を生じさせたため、その損害補填を求める(以下「違法な売却処分」という)というものである。
原告らの主張は、これらの各行為につき、被告らのなした一連一体の行為と捕え、一個の不法行為として構成しているものともとれなくはないが、地自法二四一条一項は、公金の支出、財産の取得、管理、処分、契約の締結を、それぞれ、別個の財務会計上の行為と構成し、各別に監査請求の対象として規定しており、同条や同法二四二条の二の規定に照らすと、基本たる事実や行為が同一でない限り、右各財務行為毎に各別に住民訴訟の対象とするのがその趣旨と解され、本件の各財務行為も前記の第一ないし第三の、重複しない各別の三個の行為として峻別できるから、右各行為の違法不当や損害についても各別に問題とすべきであり、本件予備的請求も、右三つの行為に対する三個の不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しているものと理解するのが相当である(尤も、損害額については、第一と第三の各請求との間には相互に牽連がある)。
そこで、適法になされた前記1の昭和五八年四月九日付の監査請求が、右三個の損害賠償請求に前置さるべき監査請求に該当するかを検討するに、前掲甲第三、第四号証によれば、右監査請求の内容は、本件土地が行政財産であるから売却してはならないのに売却したこと及び不適正対価による売却であることを違法事由として、売却に伴う所有権移転登記の回復又は売却差損の損害六〇〇〇万円の補填を求めるものであること、右請求には、本件土地の買取り及び賃貸等の違法を主張し、その措置の勧告を求める趣旨の申立は存しないことが認められるから、同監査請求は、前記第三の違法な売却処分のみをもつて、その監査請求の対象である財務会計上の行為と特定してなされたものと認めるのが相当である。
従つて、その余の第一の取得に伴う違法な公金の支出及び第二の違法な賃貸管理処分を理由とする本訴損害賠償請求部分は、監査請求を経ない違法があり、不適法なものとして、それぞれ却下を免れない。
二 本件土地売却の違法を理由とする請求部分について
原告らは、本件土地売却処分にかかる違法行為につき主位的請求で主張する違法事由と同様の主張をするところ、それら違法事由がすべて存在しないことについては、第一の主位的請求についての判断で詳細に述べたところであつて、本訴予備的請求においても、被告らに違法不当な財務行為は存しないから、その余の点につき判断するまでもなく、違法な売却処分を理由として損害賠償を求める本件予備的請求部分については理由がない。
第三結論
以上の次第で、原告らの主位的請求及び予備的請求のうち本件土地の売却処分を違法事由として請求する部分は、いずれも理由がないからこれを棄却し、その余の予備的請求部分は不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川本隆 岡部喜代子 小久保孝雄)
別紙目録<省略>